グレン・グールド/バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年)の再創造~Zenph Re-Performance
ゼンフ・スタジオ(アーティスト), バッハ(作曲)
●バッハ:ゴールドベルク変奏曲(55年録音/擬似ステレオ盤)(紙ジャケット仕様)
●私のこだわり人物伝 2008年4-5月 (2008) ヘルベルト・フォン・カラヤン 時代のトリックスター/グレン・グールド 鍵盤のエクスタシー (NHK知るを楽しむ/火)
・「おもしろい企画ですが…」
他のレビューを書いたグールドのファンとは異なり、オリジナル盤に慣れ親しんではいませんが、分厚いフィルター越しにグールドの演奏を聴いているような感じを拭い去ることができません。きれいな新録音で、SACD部分にはサラウンドステレオ音声も収録されているのに、かつてのEMIレコード(LP)よりも現音に距離を感じるこの録音(再演奏?)はどうしてなのでしょうか? ピアノは鍵盤をどう叩いてどう離すかが音色を左右します。ソコロフのDVDを見るまでもなく、キー(鍵盤)と指の接触の仕方次第でいくらでも変化するからおもしろい筈なのですが、せっかくのうまみ成分を抜き取って、生で出せるものをあえて冷凍して解凍して冷蔵したかのような回りくどさがあります。フーガのような厳密/厳格な演奏を要求される曲ではかなりいい線いってますが、それ以外の曲はグールドならではの天才のひらめきと非凡さが感じられない再現となっているのが残念です。 BGMとして流すにはいいかもしれませんが、ジャケット写真のグールドとは別の人が弾いているものですから、発売元は大きな注意書きを入れるべきだと思います。不要なテクノロジーに出費したことに後悔していますが、全面的に否定できない、それなりの価値はあります。
・「グールドという現象はどこまで進化し続けるのか」
今の時代を象徴するかのようなこの試みは、どこに重きを置くかで評価が分かれるだろう。ただ、このような試み自体を私は否定しないし、むしろこれはグレン・グールドが不世出のピアニストであったことを私たちに再認識させるに足るものだと思う。
とはいってみたものの、私自身は当初このCDに否定的だった。半年前、このCDのことをどこかで聞き、やはり無視できずに購入したのだが、正直言って肩すかしをくらったような感じがして、そのときは最後まで聞き通すことができなかった。それは本物のグールドの音に慣れた私の耳は、結局のところグールド自身が奏でたのではないこのCDの音を拒否したからだろう。
とはいえ、否定・批判するにしても、もう一度しっかり聴いた上で断罪してやろうと考え、数日前に再聴した。驚いたことに、今度はグールドらしさのほうが優っているように聞こえ、いつのまにか最後のアリアまで聞き通してしまった。それが本当のグールドの音ではないということを承知したうえで、むしろステレオ化された躍動感にあふれる音に敏感に反応したのだと思う。自分でも戸惑ったが、私はもはや否定する気にはなれなかった。グールド自身の「声」が不在なのも特に気はならなかった。日本版の解説で宮澤淳一も書いているように、これは「リズム、強弱、アーティキュレーション、装飾法、ペダリングなど、(中略)グールドの弾き方を詳細に書き込んだ楽譜がそのまま音になったようなもの」であり、私のなかで起こった変化はこのことを認識できた瞬間だったといえよう。
結論として、本当のグールドの音ではないという意味ではこの試みは「なし」なのだろうが、しかしこの時代にグールドのデビュー盤がステレオ化されて蘇ったという解釈を採用すればこれはむしろ「あり」だと思う。
・「試みは面白いけど」
55年盤を愛聴しているものとして、この再創造というものには興味がありました。ピアノがスタンウェインからヤマハになっている事をあげへつらうつもりはありませんが、どうしても人工的な音にしか感じられませんでした。技術が進めば、もっとこのような「再創造」も進んでいくのでしょうが・・・拍子抜けしたという感じです。
・「大変興味深い一枚」
2007年はグールド没後25周年にあたり、55年盤についても、紙ジャケ盤や疑似ステレオ盤の発売といった企画がなされているが、その中でも本作はグールドの演奏をコンピュータ解析し、自動演奏させたものを録音するという、きわめてユニークな試みである。
当然ながら、独特のフレージングはステレオ化されることでより明瞭になった。また、聴き手のリスニング環境を考慮してか、様々なバージョンで録音されているのも現代的である。
もちろん、オリジナルの55年盤と比べると、使用しているピアノも録音場所も異なるため、永くオリジナルに親しんだ者には強烈な違和感を感じることであろう。音像に関しては、全体的に音がまろやかで、一音一音の切れを求めて調整されたグールドのピアノの面影はほとんどない。音像の問題に加え、何よりグールドの「気配」(ハミングや足踏みなど)が存在しないなか、ただ音だけが鳴り響くのを聴く行為は、新種の恐怖体験ともいえる。
とはいえ、テクノロジーの進歩があってこそ、こうした体験ができるのであって、オリジナルと比較すること自体がナンセンスなものと割り切られれば、ゴールドベルク変奏曲の録音に新たな1枚が加わったという観点で純粋に楽しむことが出来よう。何より、グールド自身が論文『レコーディングの将来』(1966年)で指摘した「創造的聴き手」の役割をZENPHが果たした「作品」として、本作はグールドの録音群の中で記憶され、グールドが目論んだ「作曲家と演奏家と聴き手の分離」を廃れさせること、ひいては「芸術とは何か?」という根源的な議論を生むものとなるであろう。
・「面白い試み。持っていて損は無い。」
歴史的名盤がリフレッシュされることには大賛成です。ただし、グルード自身がこの録音を聴いてリリースをOKするか否かは微妙な気がします。グールドは当然1955年の録音を詳細にチェックし何度も入念にやり直したと思われますが、グールドがOKしたのはあのモノラルのやや硬質な音を前提にしてのはずです。グールドの解釈は同時期であっても演奏場所が異なればフレージングもテンポも変ります。この時期に近いザルツブルク音楽祭でのライブ録音などは、晩年の録音に近い箇所が多々あります。もしかすると、後年の録音の様に音色が滑らかであれば、1955年の時点でも晩年に近い解釈を試みたのではと考えたりします。まあ、そんなことを考えさせてくれるユニークな試みだと思います。ついでに言えば、誰かあのハミングも再創造してくれませんかね。ハミングの無いグールドの録音は返って不気味です。これは音楽的試みというよりも何か思弁的試みの様に思えるのです。
・「音の切れが劣る」
グレングールドの1955年版ゴールドベルク変奏曲をZenphでコンピュータ解析し、全自動演奏ピアノで再演したものでグールドのタッチも含めて忠実に再現されたとの宣伝コピーから、何よりも現代録音技術による音への期待が高かったのだが、音質はイマイチであり、音の切れに至っては1955年録音の本物に劣るものであった。音の切れが劣るためグールド演奏の特長である一音一音の長さをもコントロールした繊細な演奏が再現されていない。Zenphの問題なのか、全自動演奏ピアノの応答性に限界があるのか、いずれにせよ現代の再演技術への課題をあぶり出すには貴重な試みの一枚であるとは思う。同じ再演技術でも、一般的な演奏法によるショパンの曲などを再演すれば、上記のような欠点は見えにくかったかも知れない。評価は、音の切れがグールド演奏では決定的なものであるので、これが再現されていないということで星2つ減とした。
・「50年後の新たな衝撃」
鮮烈なデビュー盤となったグールドのゴールドベルク変奏曲が最新の音質で聞けることは凄いことだと思います。今でもこの演奏が金字塔となっていることを追認できるアーティキュレーションや情熱が生き生きと広がってきます。モノラル録音では(私は)気がつかないペダル使いや音符のサステインに、これまで数十回と聞いてきたのに新たな発見となりました。ピアノの音質もグールド好みの調整が慎重に行われいます。いわゆる自動ピアノによる「再現」であるため、本人の演奏ではないから、という議論は出るはずですが、「レコード対生演奏」も永遠の議論ですから、コンサートをドロップアウトしたグールドにとっては、このような形で新たに完成度を高められたのであれば喜んでいるはずだろうと思いながら聞いてみました。音質が劇的に向上したことは1981年版と等しく聞き比べられることでもあり、非常にうれしいです。
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