● 鑑賞日記9
・「ジャケ買いしたくなるグールドの逸品」
79年と80年に録音され、私の記憶が正しければ、リトル・バッハ・ブックと同時期にグールド・デビュー25周年を記念して80年にLPが発売された作品。
私は他のクラシック演奏家による、本作に収録されたバッハ作の小プレリュードや小フーガの録音を耳にしたことはない。あったとしても、本作でのグールドの演奏にはとても及ばないだろう。
他の演奏家がこれらの曲、特に小プレリュードに注目しない理由は、息子の学習のために編まれた小曲集に含まれているからだ。いわば教材・子供のための鍵盤楽器の練習曲。しかし、我々は、同じく教材の曲バッハ:インヴェンションとシンフォニアに新たな命を吹き込んでとてつもない傑作に仕立てたグールドの手腕を知っている。本作もそれに劣らぬ名作だ。練習曲に新たな光をあて、シンプルだからこそ骨格を揺るがすことのできないバッハの曲想を明らかにする。このようなバッハの小品・教材の曲が驚くような魅力の宝庫であることを我々に提示することに関しては、残念ながらグールドを上回る演奏家はいない。彼の独壇場だ。その得意の小曲集をデビュー25年記念作として企画する、不敵なまでの自信とそれを裏打ちする典雅なピアノの響き。グールド入門に適した1枚としても推薦する作品だ。
私がグールド入門者に本作を薦めるもう1つの理由。それはこのジャケット写真。アパートのがらんどうの部屋に1人たたずむグールド。クラシック作品でジャケ買いしたくなるような作品はほとんどないが、本作はジャズかロックのアーティストと見紛うようなかっこよさ、滲み出るグールド晩年の精神的高尚さにしびれる。クラシック作品でジャケ買いしても後悔しないだろう、惚れ惚れする素晴らしさだ。私はグールドの作品のジャケット写真では本作のものが一番好きだ。
・「小品を光り輝かせる才能」
1979年10月10日、1980年1月10・11日、2月2日トロント、イートンズ・スタジオにて録音。ニューヨーク30thストリート・スタジオに次ぐ彼の根城である。
このアルバムにおさめられた曲はバッハの小品集とも言うべき作品だが、グールドはむしろこうした小品を光り輝かせる才能に長けていた。ケーテン時代の1720年頃のこれらの小品たちはグールドのピアノにより見事に磨かれ光り輝いている。
これらの曲はピアノのために作られたものではなく、クラーヴィア(チェンバロ)のための作品である。それをピアノの中でいかにバッハの意図を表現するかがグールドの生命線であった。そのために彼は多種多様なレコーディング・アプローチを繰り返し、多くの解釈を捨て去り残された1つの解釈としてアルバムを発表してきた。こういうピアニストは他にはいない。そしてバッハの奥の奥までレコーディングをしたピアニストもいないし、今後も登場しないだろう。
頭の中でシナプスが蠢き出し、ここは左手でこう弾いているな、ここは右手でこのタッチか、と両手が疼いてしまう演奏である。
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