・「未成年の犯罪事件を紐解く、奥深い歌詞に圧倒」
私は、柴田淳を全く知らない人間だったのですが、このCDが発売されてすぐだったのか、夜中の音楽番組で「サビだけ」流れたのを耳にし、それが耳から離れず、すぐに探して買いました。
この「未成年」の歌詞はすごい。どうしてこの女性は、こんな歌詞がかけるのだろうと思っていた。犯罪に走る子どもの傷ついた心、子ども自身が感じる素直な大人への感情・・・普通に生きてきた人には絶対に書けない歌詞だと思っていた。だから、きっとファンから寄せられた手紙を元に書いたのか、それとも最近多発する親子の殺し合いや虐待といった事件に感受性の高い人物なのだと思っていた。
柴田さん自身の子どもの頃の感情だったのですね・・・。だから、ダイレクトに心に響くわけですね。上っ面の、言葉だけではない、心底からの思いをメロディにできるのですね・・・。
このCDは、子どもの頃につらい経験をした人や、感受性の高い人ほど心に突き刺さり、理由もなく涙が出ると思います。逆に、苦労もなく親子関係を幸せに生きてきた人や世の中の殺伐としたものに興味もない人には届かない音楽です。
私は、犯罪に走りそうなほど追い詰められている子ども達や、その親に向けて、このCDを贈りたい。
柴田さん、すごい音楽人ですね。私は洋楽邦楽問わず結構な数のCDを持ってますが、この曲は私の人生でかなりのウエイトをもたらす曲となっています。
・「自分に距離を置いて「自然にできた作品」」
「未成年」は、シークレット・ライブで、かつて本人も語ったように、自分の青春時代の親との葛藤を歌ったもので、そういった意味ではかなり赤裸々でもある。しかし、その葛藤を終え、心の整理ができてその頃の自分に距離を置いて「自然にできた作品」だと言ってたのが理解できる作品。彼女の魂の歌の中でも、最も輝きのある曲で、当時も今も、子供や子供を持つ親から反響と絶賛が止まないのもわかる。柴田淳はビジュアル系だと勘違いしている人も多いが、彼女の声を聞いて欲しい。彼女の声を直に聴いて欲しい。才色兼備というほかない。透き通る声の中に、歌詞の一語一語を大事にする人。声、歌詞、容姿、非の打ち所がない。これからも期待したい歌手だ。
・「右へ倣えよりは・・・・・・」
露骨なほどにメッセージが込められた曲だと思います。これまでの包み込むような淡い詩ではなくて、タイトルと内容から、そのメッセージは両親や大人たちに向けられているようです。
柴田淳さん自身は「この曲が響いてしまう今の世の中が、とっても淋しくも感じてしまう」とホームページで語っています。流れるメロディーがいっそうの悲哀感を漂わせ、詩に力を込めます。もっとも身近であるべき関係が希薄である今だからこそ、「よくわからない」と投げ出さずに向き合う勇気が必要なのでは。「考える」きっかけとなる歌だと思います。
・「心をえぐられる歌詞」
問題作であることは間違いないと思います。この曲を聴いて何かを感じること。それは本当は感じてしまってはいけない事なのかもしれません。私はこの楽曲を聴いて涙が出てしまいました。私も多くの大人の中の一人なのだと感じました。
この楽曲に「答え」は無いと思います。
・「どうしてしまったのか」
この曲を聴いたとき、初めは驚き、さらにはげんなりとした気分にさせられた。勝手な思い込みだが、私は柴田さんの自分の意思、良くても悪くても私はこうするんだ、こう思うんだという「思い」が好きでデビュー当時から聴き続けてきた。まさか、こんなまるで尾崎豊のような「全部周りが悪い」ソングが送り出されるとは思わなかった。
また中身を確かめずにCDを購入できる歌手が独りいなくなった。残念に思う。
・「ファンならずとも考えさせられる、そして鳥肌の立つ作品」
この作品を最初に聞いたのはTVでサビのほんのワンフレーズだけ。ほんの数秒のその印象は「柴淳らしいしっとりした楽曲」。ただ、タイトルを聞いて「どんな詩の内容なんだろう?」と思った。
未成年・・・CD発売当日、初めてフルコーラスを聞いて驚いた。。
色々なサイトに記載のとおり、これまでの柴田淳のイメージとは一線を画すドキっとさせられる歌詞。ファンとしてはいい意味で「やられた」と思ってしまった。正直痛い。自分自身を振り返ると、未成年の時は歌詞に書かれているような気持ちを持っていたのかもしれない。だから痛いのかもしれない。
しかし、多くの大人がこのような気持ちを抱え、成長してきたのではなかろうか。
オフィシャルサイトの日記では「何も語りたくない」「この曲が響いてしまう今の世の中が、とっても淋しくも感じてしまう」と本人も言っている。そのとおりだと思う。
淋しく感じてしまいつつ、あえてこの曲を世に送り出した柴田淳。
一人でも多くの人にこの曲を聴いてほしい。その人なりの解釈で柴田淳のメッセージを受け止めてもらいたいと思う。きっと、心に何かを残してくれる作品だから。。。
・「このCDの意味を考え・・・」
僕はこれまで沢山の音楽を聴いてきました。自分でもソングライティングをして歌います。正直に書きます。こんな音楽に出逢えた事を感謝しています。美しく哀しいピアノが流れ・・・最後まで涙が溢れて止まりませんでした。これは理屈では説明できない。聴くしかないと思います。
蛇足ですが録音も素晴らしいです。また山下達郎お抱えのドラマーとして知られる、日本屈指のビートをたたき出す「青山純」のプレーを25年聴いていますがその中でも最高のプレーだと思います。ボーカルの表現力も素晴らしい。どこを切っても僕の知りうる限り最高のCDです。
・「忘れられない一枚に。」
柴田淳と出遭って、「それでも来た道」を知り、「ため息」と出会い、そうして「未成年」と巡り合った。公式サイトで言っている。「ねえねぇ、この曲聴いて。聴いたことない誰だか知らないこの曲だけど、ねえ、聴いてみて。あなたに聴いて欲しいの。お願い聴いて。耳を澄まして聴いて。って言いたい曲なの。そう、『それでもきた道』や『ため息』と同じようにね。」心の琴線に響くとは、こういうことを言うのだろうか。「未成年」からは、”人の在り様”が感じられる。”人は独りである。けれども、人は一人では生きていけない。”そういう矛盾した”心”がこの唄に込められているようだ。決して”未成年”だけを対象にしたのではない。言うなれば、”心の未成年”を謳いあげたのかもしれない。とはいっても、解釈はそれぞれである。聞いた後、”何かが残る”、そんな忘れられない一枚である。
・「行き場のない「痛さ」」
タイトルトラックが誰にとっても心に痛みを感じるものになっている。
誰のせいとはっきり言う事無く歌詞の中で苦しみを訴える「ぼくら」、その「ぼくら」に弱虫と断言される「ぼくら」以外の人、その「ぼくら」を歌手として演じる柴田淳、そして彼女のこの歌を聞く人全て。
「柴田淳は始めて」という人にはちょっと耐えられない内容かもしれないが、2曲目や既初の音源を何度か聴いていれば、彼女や「ぼくら」と心が分かち合えるかもしれない。
3曲目がピアノソロの小品だが、これで終わるとは思えない。この曲の完成形が出てくるのかどうか、アルバム発売が楽しみだ。
・「久しぶりにドキッとしました」
この曲を聴いたときに、自分が未成年の時に感じていたものがうまく言葉になっていてドキッとしました。恋愛のせつなさではなくて、本当に弱い自分を見てる気になりました
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