・「渡さんは、いつも身近にいた」
渡さんの歌を初めて聴いたのはいつだったろう。高校生だったろうか。漠さんの「生活の柄」の世界は今風にいうなら、「ワタル的」とでもいうのだろうか。「生活の柄」は渡さんと漠さんと二人で夜空の下で酒を酌み交わしながら、出来たような歌だ。もちろんそれは違う。しかし彼はフォークソングを生き抜いた人だ。それは漠さんが漠さんとして最後まで生き抜いている姿にとても似ている気がする。彼にとってそれは不幸なことだったろうか、という問いは愚問だろう。否、そんなことを問うべきではない。彼の余りにも突然の訃報を知ったとき、「さびしいと いま」の歌詞を思い出した。晩年の彼を知る友人からとても穏やかな死に顔だった、と聞いた。渡さんの歌も漠さんの詩もぼくの人生のかけがえのないものの一部だ。ぼくはいまさびしいと言いたい。
・「高田さんを復活させようと」
高田渡さんは、山之口貘をはじめとした昭和の詩人たちや演歌師の作品を多く歌っていました。もう30年以上前、中学や高校生の時、僕は高田さんから「文学」を教わりました。 昨年だったと思いますが、NHKの教育TVで、高田さんと高石ともやさんを特集した番組をやっていました。「反戦フォーク」という時代的なフレームの中で知られ、プロとして出発したふたりの歌手の半生をたどる番組でした。 高田さんは職工。高石さんはキリスト教会が出発点かな。「反戦フォーク」というカテゴリーを与えられた訳ですが、本人たちは「それは違うのではないか?」という疑問を抱えていきます。 ふたりは新宿フォークゲリラに、職業として歌をうたうことを批判されるのです。高田さんは悩みながらも、彼らお坊ちゃんたちの生活感覚のなさに疑問をていし、自分の立場を再構築していきます。 それと、彼らが歌を政治の手段にしようとしたことに、とても怒っていたと感じました。 高田さんは番組で、僕はいまでも六畳一間と台所の貸家に女房とふたりで住んでいるのだけど、洗濯機をまわすと電灯のブレーカーが落ちちゃうのだ、とか話していました。なんでそういう生活をしているかというと、僕の歌は、そういうひとたちの歌をうたっているわけだから、と。僕の歌は人生で、その責任をとらなければいけない、という意味だったと思います。 番組で、高田さんは沖縄のライブハウスで歌っていました。焼酎を飲みながら(ウィスキーだったかな?)。歌いながら寝ちゃうのです。あきらかにアルコール中毒の症状がでていた。でもそれは、多くのひとに生きる勇気を与える、「平和で幸せなアル中」のようでした。観客のみんなは起きるまで待っている。北海道での公演中に倒れられたと聞きました。まさに高田渡的。中学生の時見たライブはもう見られませんが、心の中に高田さんを復活させようと、ボックスを買いました。
・「安らかに・・・」
日本フォークの伝道者がまたお1人お亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。
・「合掌」
56才でお亡くなりになったのは、あまりに早すぎます。残念としか言いようがありません。
・「歓喜と失意、提言」
デビュー以来現在まで、孤高の道をマイペースに歩んできた高田渡氏の、リリースラッシュという意味での最盛期である、ベルウッド期。入手困難なアイテムが再発されることは素直に評価します(”四畳半フォーク”というキャッチ・コピーは、「ご冗談でしょ」と苦笑しつつ開祖である南こうせつ氏にお返しするにしても)。
ただ、リマスターも無く、ボーナストラックも無い三枚組のセットをBOXと称されるのには抵抗がある。『フォーク・ギター・・・(タイトル失念)』に収録された「自転車にのって」のアナザーver.など、音源はあると思うが・・・。後発されるHobo's Concertや春一番ライブには、大量の未音源化マスターが存在するはずなので、その中から重複しないライブ音源をDisk4としてこそ、ライブで真価を発揮する高田氏のBOXといえるのではないか。
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