・「至高のMy Funny」
このCDは3曲目のMy Funny Valentin、この一曲で歴史に名を残す名盤となった。いや、他の曲も良いのだが特にこの曲を、という訳は・・・・。My Funny Valentineという曲は実に解釈の厄介な曲だ。まずメロディーがつまらない。まったく凡庸の極みである。また元々の歌詞を想像するともっとアホらしい。不器量な彼女を持った男がヴァレンタインデーにはそれでもどうにか自分を慰めて納得しようとする訳だ。こんな曲で名演を残す秘訣は、曲の持つイメージをとことん無視してかかるしかあるまい。それができるのはマイルスとキースしかいない(実際この二人のもの以外に真の名演は見出しにくい)。この理由だけでもすでにこのアルバムは買い。ああやっぱり、My Funnyは名曲だなあ。
・「絶対に文句なしの一枚」
嗚呼本当にジャズファンでいてよかったなあ、と思わせてくれる新譜に出会うことがなくなった今日この頃、是非に皆さんに推薦したいと思う作品がこれです。
ピアノのキースジャレットの名前を聞いたことがないと言う人は少ないでしょうが、現在に残ったほんの僅かな本当の本物の創造的ジャズマンで、自己と自分の創る音楽に忠実なプレーヤーです。彼のコマーシャリズムに背を向けた真摯な姿勢が、多くのジャズファンに支持され、セールスがうなぎのぼりになるという稀有な存在。今風の言葉で言えば、好きな表現ではないですが、「カリスマピアニストとかピアノの神様!」と言うところでしょうか。
本作はこのキースが長年トリオを組む名プレーヤーとして名高いゲーリーピーコック(ベース)とジャックデジョネット(ドラムス)の、ジャズ史にその名を永久に残すに違いないトリオの最新作です。ライブでジャズのスタンダーズ曲をプレーするのが、このトリオのルーティーンとなっていますが、ジャズの名曲を醍醐味溢れるしなやかな演奏でプレイする、心地良い瞬間の連続です。ジャズが本質的に持つ甘美さや官能、知性や凶暴性と狂気までをを見事に表現していると思います。
このトリオの演奏から感じられる彼らの美意識に、両手両足の親指を上げて賛美したいと思います。殆ど完全無欠のジャズトリオの演奏と言ってよいでしょう。限りなく美しいフォービートスウィングに夢見心地の毎日です。キースジャレトトリオに乾杯!
・「大事な人にも紹介したい一枚」
2002年7月フランス・アンティーブ・ジャズ・フェスティバルでのライブ。『Inside Out』、『Always Let me go』と2作続けてインプロビゼーションを聴かされ2年も間が開いたので、なぜかものすごく彼等の演奏するスタンタード・ナンバーが懐かしく感じられたのは僕だけだろうか。
本作では何故かゲーリー・ピーコックのベースがとても目立つ。スタンダーズ全部の中でも一番冴えまくった演奏をしている。『Butch & Butch』あたりの指さばきなどは、何故かペデルセンのそれを連想してしまった。
素晴らしい彼等の今の音楽に言葉を失い、ただ聴き続けていたい気持ちでいっぱいだ。買って一生持っていて、大事な人にも紹介したい一枚だ。
・「このトリオの「今」を知るのに絶好。」
その場に展開される音楽が今現在の自分たちのフィーリングをいかに「正直に」表出しているか、という一点に彼等の関心は絞り込まれている。このアルバムから聴き取るべきものは、音楽やサウンドの表面的な特徴ではなく、音楽の持つエナジーの流れそのものである。
音楽がいかに豊かなエモーションを持つことができるか。そこに関心を向けて聴くと、このアルバムの、そして、今のキースたちが目指しているものの真価に触れることができるかもしれない。
・「面白うてやがて悲しきスダンダーズかな」
いつになくハッピーな雰囲気で、一聴後大変気に入った。前2作がフリーフォームのオリジナル曲で構成されていたせいか、スタンダードに戻ったキースは随分と聞き心地がいい。全体的に、"Whisper Not"の続編という印象を受けたが、今回はスタンダード曲をより明るく軽やかに聞かせてくれる。楽しげにアップビートでプレイするので"Up For It" 。ライトブルーを下地にタイトルロゴをレッドであしらったCDカバーも夏向き仕様。涼しげでお洒落な感じで"I like it."。
何度か聞き返すうちに、そのような表面上の軟化の下に、このグループが一貫して持つ硬質な部分が垣間見えてくる。ジャズの歴史を流れるスゥイング、ビバップ、ハードバップの精神が潜んでいる。ジョイフルでひたすらリラクゼーションを求めているように感じられる本作のキースのピアノにも、確かなブルースフィーリングが息づいている。眠たそうな顔でプレイするデジョネットは、寸分の隙のないドラムスを剣豪のように相変わらずビシビシと打ち込んでくる。やっぱり凄い。ずっしりと重い。現在、これ程までハードにジャズしてるグループは他にないだろう。
高レベルのスタンダード集を連発するこのグループには全く脱帽する。本作は特にエンターテイメント性が強く、多くの人に受け入れられる可能性が大だと思う。しかし、前2作と較べて、グループとしてのクリエイティビィティのレベルは明らかに低下している。この儘スタンダーズをプレイし続けるならば、個々のプレーの素晴らしさには感動できるだろうが、このグループだけが持つ高揚感はもう生み出せないだろう。
グループ結成20周年だそうだが、今の僕がそこから感じるものは単にデジャブのみ。このCDの最後に聴衆の拍手が延々と録音されているが、一体それは何を示唆しているのだろうか。
・「何のために出たのか、いまいち存在理由が不明じゃない?」
あいかわらず、悪くない、スタンダーズの最初から20年もたつのにそれはそれはたいした物である。しかしながら、スタンダーズのスタンダードはこういうもので、今更ビックリもヒャックリも出ないのである。ここの枯葉・ブルーノートの枯葉・スティルライヴの枯葉、さてどれが好き?なんていうのはごく普通のジャズマンにおいてこそ価値があるが、ワタクシはわがままを言えばキースジャレットにそういう事をして欲しいとは思わないのだ。このスタンダーズ、去年、その前とフリージャズにハシリ、それはさほど好きじゃないとはいえ、それなりのもがきがあった。そもそも、このユニットはかつての両クヮルテットのようにキースの新曲をぶちかます、というのを最初っから排除している。ちょびっとだけあるにはち?るが。従って出るアルバム出るアルバム、「演奏」にしか価値がない。すなわちライヴアルバムばっかになるのは当たり前である。悲しいかな即興演奏にしてもキースのソロほどの自在さを持ち得ていない現状では、もはやイザナギ景気の右上がり成長、というわけにはいかないのでる。そして悪い事にスタンダーズはレギュラーグループじゃないので(一応)話がまとまるたびに何の造作もないアルバムが出るというわけだ。もちろん、そのクオリティ・満足度は恐ろしく高いのだが、あのビルエヴァンスでさえトリオ作品が続かないように遠慮していたのである。同じメンツ・同じフォーマット・同じネタでそう繰り返して、ああ、このごろキースのソロは短めでジャックデジョネットはまた張り切ってるな、とかそんな年寄りの同窓会みたいなスタンダーズはもういやじゃ。キースジャレットは小器用にいろんな人と音楽をつくる人じゃないにもかかわらず、これまでクラシックからフォーク・ロック・民族音楽に感じさせる幅広ーい音楽を作ってきたではないか。この辺がハービーやチックと違うところなんだから、もっとアルバムでも遊んで欲しい。ジャズ演奏家として固まってしまうなんてつまらないぞ。
・「スタンダードされど スタンダード」
最近のキースジャレットトリオは スタンダードばかりなので、またスタンダード・・と思っていたのですが、そこはキースジャレットトリオ。彼等が演奏すると、聞き慣れた曲がこうまで変わるとは・・・。20周年にふさわしいアルバムに仕上がっていて どんどん引き込まれていく 一枚です。
ケータイからは、シンプルアマゾン(モバイル版)をご覧下さい。
シンプルアマゾンは、安心・安全のネットショッピングAmazon.co.jpの商品を紹介しています。
簡単アフィリエイト:あなたのAmazonアソシエイトIDをアドレスの最後に付けるだけで簡単キャッシュバック!(例:1sas.net/?yourid-22)一度IDを付ければ、シンプルアマゾン内の全商品が紹介料の対象になります。アソシエイトIDはこちらから登録可。