● カフェボヘミア
・「神秘性と緊張感が全編に漂っています」
LP時代に購入し、その表わしたいテーマの難解さに戸惑い、あまりターンテーブルにのらなかったこともあり、約30年ぶりにじっくりと聴きました。
当方もその間様々なジャンルの音楽遍歴をたどりましたので、このアルバムの本質を考えました。キース・ジャレットの音楽、特に「生と死の幻想」にはあまり聴くことの無い暗さが支配しています。そしてどこか東洋の禅を思わすような水墨画を彷彿とする世界観が聴き取れます。ポール・モチアンのドラムスは神秘の鼓動となって伝わり、チャーリー・ヘイデンのベースはまるで平家琵琶のような哀愁を感じました。23分というLP時代には長く感じた音楽も最終のクライマックスへの結集とまとまりが感じられます。デューイ・レッドマンのテナー・サックスも良かったですが、やはりピアノのキース・ジャレットがリーダーで音楽を支配していました。不思議な香りのする曲ですが、興味深いモティーフの発露を感じました。
「祈り」はベストですね。キース・ジャレットとチャーリー・ヘイデンのデュエットだけでこのくらい豊かな音楽を奏でられますよ、というお手本でしょう。クラシック音楽の様式美のような雰囲気を漂わせながら、見事な即興ジャズ演奏になっています。キース・ジャレットが同じフレーズを繰り返し奏でる間に二人の感情が高ぶり、対話が生まれます。心地よい緊張感に包まれた演奏でした。
「グレイト・バード」でのキース・ジャレットの奏でるソプラノ・サックスの哀愁が感じられるフレーズとデューイ・レッドマンのテナー・サックスとの重なり合い方が絶妙で、昂揚感が漂っています。ジャズの重さと神秘性が伝わってきます。ジャズ喫茶全盛時代に支持されたアルバムの価値を再確認しました。
・「楽想は従前の延長。しかし驚異の集中力が生んだ名盤」
ここで聴かれる様々な楽想は、これまでのアルバムの延長線上にあるもので、取り分け斬新なわけではありませんが、ジャズという音楽は同じ素材を用いても演奏者の集中力の強さや、アレンジの巧妙さで名盤の仲間入りをすることが多いです。
この「生と死の幻想」も、驚異的な集中力が生み出した傑作と言うべきでしょう。表題曲でレッドマンのソロが終わったあとの、キースのソロの見事さや、テーマ演奏での各楽器の絡みなど、素晴らしいの一言に尽きます。
難点を言えば、「暗すぎる」ことでしょうか。「祈り」「グレイトバード」なども、どこか彼岸へ逝ってしまいそうな音楽で、従来のアメリカンカルテットに見られた明るさがほとんどないということですが、このアルバムの収録曲を中心に大傑作「残茫」が生まれます。
・「今のキースからは聴けない哲学」
録音は1974年秋、30年も経っとるんですね。最近の「Radiance」や「Always let me know」(共に自分自身がライブの会場に居たことも影響しとりますが)を気に入りながら、久し振りに本盤を聴いたら、斬新なアプローチがゴツいですがな。更に初期の「Mourning of a star」に端を発するようなパーカッションはきっとキース自身とギレルメ・フランコ(読み方、合うとりますかな?)はんが演られとります。自在なリズムや広がりが、不思議とRadianceやAlways let me goと一脈通じとる。けど、やはり一番近いのはキースはん自作自演2枚組の「スピリッツ」の世界や。キースの録音で、サックスはいつもキースの専ら邪魔になっとりますけども、ここでのレッドマンもそう。でも、本盤ではサックスすらリズムの脇役として巧く溶け込んどる。キースのピアノさえ中心ではなく、「ミステリーズ」と共通するリズムの世界なんですなあ。一音一音ずしりと腹に響く、ヘイデンのベースはじっくり聴かせて、タイトル曲後半では独壇場やし、2曲めではキースのピアノと負けず劣らず相互の哲学のぶつかり合いですがな。キースのソロに負けんくらい自由なソロがそれぞれに聴かれて嬉しいですわ。終曲「巨鳥」もピアノとサックスが中心のようでありながら、パーカッションとヘイデンのずしりと来る重い音が仕切っとります。総じて、織りなすリズム(パーカッション主導)とキースの哲学が不思議とポピュラーなメロディに乗って聴かれる傑作やと思います。人間、巧くなりすぎて、知り過ぎて失うものもあるなあ、と気付かされる作品。ジャズ、クラシック、人生観、米国の人種の多様性、くそまじめな哲学、こうしたものが混沌とないまぜになった30年前の作のはずの本盤の凄さにはただただ驚くばかりです
・「この作品をききつづけて23年」
私がキースジャレットに熱中していたのが23年前、そしていまでも時折ひっぱりだして聞いているのが表題の「生と死の幻想」。こんなに長く聞いているのは、音楽的にどうかということより、この作品が表現している䊊世界が私にとって魅力的なせいだと思います。
厳粛な把の世界からしだいにエロスと祝祭的なイメージが加速していき最後にすべてが開放されるようにして迎えるエンディングは音楽で得られる最高のエクスタシーのひとつだと思います。
人生の節目にときおりひっぱりだして聞くに値する作品かなと思います。
・「プロデューサーってホントに大切だ。」
1974年10月9・10日、ニューヨーク、ジェネレーション・サウンド・スタジオで録音。
『フォート・ワウ』・『宝島』に続くインパルスでの第3作。キースはインパルスで計8枚のアルバムを残している。メンバーはキースのピアノにチャーリー・ヘイデンのベース、ポール・モチアンのドラム、デューイ・レッドマンのサックス、ギレルミ・フランコのパーカッション。71年に加入したレッドマンが光っている。いわゆる『アメリカン・カルテット』ではECMの『The Suvivor's Suite』が僕は最高傑作、次がこの『生と死の幻想』ではないかと僕は思う。
全3曲。特にタイトル曲『生と死の幻想』が素晴らしい。2曲目『プレイヤー』はヘイデンとのデュオ曲。3曲目『グレイト・バード』はラテンといった構成だ。プロデューサーはエド・ミッチェル。
でもやっぱりマイフレート・アイヒャーとの差はかなり大きい。プロデューサーってホントに大切だ。
・「見知らぬ土地での厳粛なセレモニーのような」
私は本作を米国在住時に聴いたため、異国のセレモニーのイメージが漂う。セレモニーといっても、おそらく葬儀か、送別か。同じグループによる「残氓」の迫力も凄いが、Death and flowerではパーカッションやピアノが織りなすハイセンスなリズムの上で、サックスがテーマを奏でる。Prayerは葬送のように、より静的になる。でも哀しくない。ピアノが柔らかく包み込むベールのように、やさしく守ってくれる。Great birdでも聴けるように、キースのアメリカン・バンドではアルトサックス、パーカッション(多種入っている)までフルに入ってきた、多彩な楽器が無国籍ぶりというのか、キースのバンドでなければ聴けない音を構成していると思う。スタンダードばかりではなく、本作のような曲がキースのバンドからまた聴けることを祈っている
・「テーマ、曲調ともに重く、ちょっとかったるいのが玉に瑕」
キース/アメリカンカルテットでは一番の人気/著名作。一番に評価する人も多いようだけど、ワタクシにはそれほどぐっとこない。2年後のタイトル曲はTHE SURVIVORS' SITEで見せるようなジャズ/民族音楽/フリーインブロ/他を全て含んだ組曲スタイル。ヘイデンとの全く薄ぺっくないデュオPrayer、強烈な印象を残すテーマのGreat birdと、その前後のカルテット作品の中ではかなり完成度が高いが、いかんせんタイトル通りの重苦しく沈痛な曲調ばっかりでちょっとつらい。ワタクシはアメリカンカルテットの真骨頂は同セッション録音のバックハンドのような躍動感あふれる演奏にあると思っている。その点でやはりTHE SURVIVORS'SUITEをカルテットの最高作としたい。明るい中から突き落とされるように劇的に推移する方が悲劇度が高く、ずーっと暗いだけでも退屈してしまうでしょ。まぁいいかそんなことは。とにかくさんざん引き合いに出してきた最高傑作THE SURVIVORS' SUITE。ここに至る宝石の断片がころころころがっている、という点では興味深いアルバムだ。
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