バッハ:マタイ受難曲
シュライアー(ペーター)(アーティスト), ドレスデン教会少年合唱団(アーティスト), ライプツィヒ放送合唱団(アーティスト), イーレ(アンドレア)(アーティスト), テルマー(ヘルガ)(アーティスト), ウィルケ(エリーザベト)(アーティスト), リッベ(ハンス=ヨアヒム)(アーティスト), バッハ(作曲), ワーグナー(コンラート)(指揮), ドレスデン・シュターツカペルレ(演奏)
・「ペーター・シュライアー指揮。シュライアーの温かさを感じさせる演奏」
シュライアーは、合唱に、メリハリのある発音、発声、また豊かな表現を要求している。それには好感を持てる。しかし、独唱歌手は、まちまちな歌唱をしている。アルトのリポヴシェク(Marjana Lipovsek)は、バロックアリアの装飾的歌唱法をしているが、ルチア・ポップの歌唱は、ヴィブラートかけ過ぎで、モーツァルト以降のオペラアリアのようだ。オペラ的ユダも滑稽。テオ・アダム(イエス)は、深みに乏しい。指揮者であるシュライアーひとり突出して《マタイ》にふさわしい歌唱をしている(福音史家)。
器楽演奏は、声楽家シュライアーの指揮だけに、細やかさが聴かれるものの、通奏低音が弱く、総じて貧弱。また、器楽配置のシンメトリーが生きてないなどして、結果《マタイ》サウンドは聴かれない。シュライアーはカール・リヒターの信奉者であったのだから、リヒターからバッハの演奏法を継承し、その難しさ知っていると思っていた。しかし、それは裏切られた。このシュライアー《マタイ》の美点を、あえてあげれば、シュライアーの温かさと人間味を感じさせることか。なお、オケは、現代楽器、各パート1人の小編成。
1984年録音
・「私も群集の中にいる!」
ざわめく群集、イエス・キリストの声、稲妻の轟き…砂煙も静寂も、各々の場面ごとにくっきりうかんできて、私もその真っ只中にいるようでした。 ペーター・シュライヤーの声は、演奏会で実際に聞いたことがあります。「歌を歌う」のではなく、「自分の言葉を自然に語っている」感じで、新鮮な驚きでした。このマタイもまさしくその通り。「音楽」じゃなくて、「彼の心からの言葉」なんです。彼の人間としての深さ、生半可じゃない造詣の深さをとことん感じさせてくれました。 ちなみに私も合唱団に所属していて、マタイは何度か歌っています。そのたびに課題が出てきて、いつも「はるか彼方にある音楽」でした。でもこのシュライヤーのマタイを聞いて、自分の生きてきた蓄積から生まれる音でないと人の心を打たないのだと痛感しました。えっ?私ですか?うーん、とてもじゃないけど、「自分の言葉」にはなりませんね。おそらくこの先も、ずっと…
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