● アルビニ先生入門
● THE BEST OF MUSIC I'VE LISTENED
● 純粋に好きなアルバム。(傑作曲付き)〜ジャンルは滅茶苦茶です。 …その2
● ふぇいばりっと
・「核心たるもの」
友人の1人は、Nevermindを何度聴いても好きになれないかわりに、このアルバムをフェバリットに挙げている。彼はNIRVANAというよりカート・コバーンの方が好きなのかもしれない。つまりはそういうアルバムだ。
前作「Nevermind」が世界的大成功をおさめたのは周知の通り。そしてカートがカリスマとして祭り上げられていったのもやはり周知の通り。しかし同時にスキャンダルにも囲まれ、心理的にかなり追い詰められた状況にもあったのも事実であったはずだ。このアルバムは、そんなカート・コバーンの闇の部分が投影された作品だと言える。ジョン・レノンのファースト「Plastic Ono Band」が引き合いに出されることがあるが、それと同様に「個人的」なアルバムである。
プロデューサーにスティーブ・アルビニを起用したのもその一環だといえるだろう。彼はこの時すでにピクシーズやPJハーヴェイなどとロック史に名を残す名作を作ってきた前歴があるわけだが、その特徴はどれもバリバリとした金属的で凶暴なバンドサウンドだった。Nevermindの音質は、良くも悪くも整然とトリートメントされたところがあり(そのお陰で大衆に迎合できたわけだが)、その反動としての起用となった。両アルバムを比べてみれば音質の違いは顕著だろう。本作では、音がまるで刃のように鋭い。全方位に攻撃的なサウンドである。
歌詞に目を転じれば、前作以上に突き刺さる歌詞が並ぶ。しかし総じて気付くのは、その矛先が「世界」から「自分」に変化していることである。「Everything is my fault」と歌う「All Apologies」というタイトルの曲で締めくくられるあたり、この内向性にこそカートの心理が窺えるように思う。完全に壊れてしまってからでは面白味はないが、壊れていくその過程に見るカタルシスは魅力的なのである。
結局このアルバムは当然のごとく英米で初登場1位を記録し数百万枚を売り上げ、評論家からも高い評価を得る。しかし(やはり周知のことだが)この後を継ぐオリジナルアルバムは現れず、翌年のカートの自殺をもってNIRVANAは解散する。その死をもって今のロック史があるわけだから、惜しいとかそういうことは言わない。ただ、同じ頃イギリスでRadioheadというバンドが台頭してくるのはなんだか象徴的だと思う。
・「何だか・・ぐっと」
好きなメロディーではない。ないけど、心に響くものがあった気がする。NIRVANA・・というかカートが何かを伝えようとしているのは分かる。それが何なのかはカート以外誰も分からないが・・・。言葉では表現出来ない物を表現することが出来る、それが歌だと思う。そんな意味でこのアルバムは人に訴えかける作品だと私は信じる。
・「表裏一体」
洋楽を聴き始めたのは確か4年くらい前からで、当時の自分はとにかく金がありませんでした。よって主な音源入手はレンタル。友達から、ネットから情報を集めMDと一緒にツタヤで仕入れては焼き、仕入れては焼き・・なんて事をかれこれ200回は繰り返したと思う。そのなかでもNIRVANAは当然ながら、かなり早い内から手を付けたアーティストで、当時は自分の耳も音楽に対するスタンスも未熟でした。MD容量ギチギチに、アルバムの途中であっても構わずぶちこんでいたため、自分がどのアルバムを聞いてるのか分からないなんて事もあるくらい。アルバムの概念、作品として向き合う姿勢がまるでなってなかったワケです。
そしてこのIN UTEROに於いて私は最大の過ちを犯しました。一通り通して聴いた後、「なんだか聴きにくかったなあ」なんで思いながら余韻に浸っていたのですが、いつまで経ってもアルバムが終りません。名曲ALL APOGIESの後のシークレットナンバーまでの「間」に入っていたのです。「なんでコレ、最後こんな間が空いてるんだろう。容量メッチャ食うんですけど。切ろう!」というワケで最近になってCD媒体で買い替えるまでの「するめ版IN UTERO」は、ヒステリックなtourette`sで幕を閉じる、何とも掴みどころの無いアルバムに仕上がってしまったのでした。そしてそれを「こういうのも味があっていいねえ」なんて思いながら聴いて悦に浸っていたわけです。消したことすら忘れてた。
今更NIRVANAのレビューなんて、と思いながらコレを書いています。それでも私たちが未だにこのバンドを、カートを愛してやまないのは、ビートルズにも比類する、偉大な「音楽のスタンダード」の一端として、未だ風化しない魅惑的サウンドがそこにあるからでしょう。実際今活躍しているバンドの多くがこのバンドをマイルストーンとし、またそこから抜け出せない呪縛をも抱えています(すべてのバンドではないけど)。
どうしようもない感情を内に昂ぶらせるカートの作品をバンドマンのみならず私たちが受け入れられるのは、紛れも無く彼のポップな感性が根底にあります。実際この作品は前作での成功でさらに鬱屈を募らせたカートの本性がむき出しになった作品である、といわれていますが、ノイジーで粗暴かつ退廃的で、そしてなお「ポップ」なのです。ラストの「救い」をはしょった「するめ版」でさえ。救いようの無い歌詞のrape meは、なぜこうにも優しく耳に馴染むのか。sarve the servantsのイントロの不協和音すら、気取った実験精神みたいなものは感じず、むしろポップとしての必然性を読み取れてしまうほど。しかしやはりラストあってのこのアルバムでしょう。昔の自分は本当にバカだった。あくまでグランジとして、ここまで聞き手を救う曲があったろうか。みんながオリジナル、かげがえのない存在なんだ。しかし、そのメッセージそのものがカートのクビを絞めたのかもしれない・・とも感じる。
完全無欠のポップアート作品「NEVERMIND」と「IN UTERO」。同等に評価する人が案外少ないようですが、やはりどちらが欠けてもNIRVANAはNIRVANA足りえないと思う。たった2枚のアルバムでカートはバンドの陰陽両極を提示している。本人の意思は兎も角として。この作品以降のこのバンドの音なんて想像できないし、そういった意味でも「カートを殺した」一因となってしまったアルバムなのかもしれない。しかし、だからこそこの疲労感漂う名盤を受け入れたい。誠意あるアーティストの、私たちへの最後のメッセージなのだから。
・「Rest In Peace, Kurt」
この「IN UTERO」には、過去と現在、幻想と現実、死と生といった問題で、否応なく引き裂かれたカートの魂があらわに示されている。そしてその裂け目から発せられる叫びは、悲痛であると同時に抒情的でさえある。僕たちはその叫びを理性のフィルターを通すことなく、直接心の琴線に感受して、震えるように共鳴することになる。僕たちの内部にも引き裂かれた傷跡があることをまざまざと思い出しながら・・・
・「カートのつぶやき」
このアルバムのしんどさは、カートのエゴに真正面に付き合わせられるしんどさである。
カート自身が本人のことをぶつぶつとつぶやく。(しかし、目がこっちを見ていない。)”Repe me"、”Dumb"、疑念と被害妄想のかたまりである。”Milk it"、Herat-shaped box"。楽曲はすばらしいのだが、あくまでも個人的な恋愛をもぞもぞ言ってるだけで、全然広がらない。
”Never mind"の詩は、イメージの羅列のようで、どこかきらきらと輝き、どんな風にもとれるし、リスナーはそれぞれの記憶や、体験、感情、といったものにおのおの重ね合わせることができる。しかし、このアルバムは陰鬱なカートの横顔に延々とつき合わされられるだけである。聞きづらいのは音だけではない。
けれども”Penny royal tea"の”Distill the life that`s inside me"というフレーズだけは違う。カートは自らの姿勢を羞じ、懸命にこっちを見て叫ぼうとしているのだ。まさに自分の命を魂の底から、絞り出すかのように。
このアルバムの好き嫌いは、カート本人のことを好きか、嫌いかにかかっていると思う。そして、僕はカートが大好きである。
(ところで、Cobainをコベインと表記するのはいかがなものか?CobainのIは、前の母音のAに続き受けて、ぇぃ、と子音化するのではないか?だれか英語に詳しい人、教えてくれ。)
・「練りこまれてる」
前作より憂鬱で荒々しく暴力的で絶望的で閉塞的で、そして少しの愛がよく練りこまれている。前作はハードロック、へヴィメタルでヘッドバッキングしていた少年たちの対象を変えたアルバムだったがこの作品はヘッドホンで聴くほうが陶酔感があると思う。細部の細部まで感情移入できる音だ。それにしてもカートにしても、Alice In Chainsのレインにしても、MelvinsのバズにしてもPearl Jamのエディにしてもグランジ、オルタナを支えてきた人は皆先見性があると思う。時代が殺伐と閉塞的になっていくのを見通していたと思う。今現在聴いてるほうがしっくりくる。今巷で流れてるのは全部嘘にしか感じられない。
・「3rdにして露にされたカートの感傷」
無感動で陰鬱に爪弾かれるギターと今にも消え入りそうな呟きが突如として反転し、カートの感傷が全解放されたように、暴力的なリフの轟音と、感傷的な叫びが飛び交う。彼の双極的性質がそのままそっくり顔を出したかのような楽曲群からも、カートの性情が最もよく反映されている作品と評されていることにも納得がいく。一般的なウケはNevermindの方が良好だし、むしろ奇怪な楽曲群と解されてしまうかもしれないが、何か聴く側の感傷すら暴きだして、それを背負おうとしているような、潔さ、実直さすら感じてしまう。
たしか、カートはメジャーデビュー前後のインタビューでこんなことを言っていた。「なんとしても、俺達のパンクスピリットだけは守り通すんだ」と。ジョー・ストラマーの「パンクとは思想そのものだ」という言葉を借りるならば、この作品はカート・コバーンという人格の持つ極めて内省的な思想によって構築された、魂を剥き出しにしたパンク作品だ。
とてもじゃないが、「グランジ」なんていう狭苦しいオリに閉じ込めておける作品ではない。
・「ノイズが雑音に聴こえない。」
ベスト版は星3つくらいの印象だったが、ここのレビューで「イン・ユーテロ」を聴かないとNIRVANAは語れない、と言われたので半信半疑のまま購入した。確かに。傑作。曲ごとに聴いてもいいし、アルバム全体としてもいい。ボーナストラックが蛇足のような気はしたけど。
カートが自己のネガティブな部分を愚痴っている出すだけはでなく、リスナーの心の闇の部分にそっと入り込み、いっしょに叫んでくれているような気分になった。カートと同化したような感触。(なんか「信者」っぽい?)決して光の届かないどん底でもがいているような…。闇の中でも光を見いだそうとする、ある意味真のポジティブなのかもしれない。「ダム」が好きだあ。
・「普通じゃない」
この歌を、歌える歌い手は、生きている間にもう会えないだろう人間の持つ負の感情、悲哀、絶望、苦悩、怒りなどを見事に表現している。普通の人間には決してこの歌を彼以上に歌うことはできない。是非これを購入して、一度でいいから聞いてほしい
・「カートの魂」
中学時代より古いイギリスロックしか聴かなかった。アメリカンロックに比べてちょっと陰鬱で複雑なロックに夢中だった。正直NEVERMINDはそれほど私を捉えなかったが(むしろその過大な評価に懐疑的だった)NIRVANAは神の領域にまで達しつつあった。このアルバムを初めて聴いたとき中学時代にジョンの魂を初めて聴いたときの気持ちが蘇った。赤裸々な感情表現、怒り、苦しみ、虚無感、喪失感を叫びと歌で表現しているカートの半年後を、そのとき想像はできなかったが、得体の知れない方向にこのバンドが導かれている事は想像に難い事ではなかった。上記の感情を絞りだす動的、衝動的曲から合間の静的楽曲そして感動的ラストソングまで1曲も飛ばすことはできない、誰がなんと言おうが名盤です。少し年をとった(ブリティッシュ)ロックファンに是非聴いてもらいたい作品です。
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