ジャズ・フュージョン>アーティスト別>J-L>John Coltrane
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・「名盤である。しかし・・・」
コルトレーンの「マイ・フェイバリット・シングス」のベストは「セルフレスネス」の中の一曲と言われるが、この盤の「マイ・フェイバリット・・・」にも驚愕させられる。コルトレーンの魂の底からの慟哭、ファラオ・サンダースの狂気が乗り移ったようなプレイ。名盤だろう。しかし、聴くのが苦しくなってくる。聴き手も、よっぽど元気で気力が充実していないと、聴いている途中で投げ出したくなってくる。へたすると、持っているだけで「聴かない名盤」になってしまう。(松本敏之)
・「叫ぶコルトレーン!叫ぶサンダーズ!」
1966年5月28日、NYヴィレッジ・ヴァンガードで収録されたライブ録音です。前年の1965年あたりからコルトレーンのライブパフォーマンスは、どんどん長時間にわたるものになり、1曲にかける時間が数十分にも及ぶことも珍しくなくなっていました。これは65年に収録されたフランス・アンティーヴ・ジャズフェスティバルでの実況盤を聴くと分かります。しかし、そんなコルトレーンの趣向にオリジナルメンバーだった、エルヴィン・ジョーンズ(ドラム)やマッコイ・タイナー(ピアノ)はついて行けなくなり、唯一残ったのがベースのジミー・ギャリソン1人という状態。そこで、アンティーヴ・ジャズフェスティバルの後くらいから、ファラオ・サンダーズ(テナー&フルート)、ラシッド・アリ(ドラム)、コルトレーンの2度目の妻でもあるアリス・コルトレーン(ピアノ)、エマニュエル・ラヒム(パーカッション)を新たにメンバーとして迎え、後期コルトレーンサウンドが作られていくことになります。
そんな意味では、ライブアルバムとしての名盤「Live in Seatlle」と並んで後期コルトレーンを語るうえで重要な意味をもつのが、この作品です。「Live at the village vanguard」というと、この作品の5年前に同じ場所で収録されたかの名盤を連想しますが、5年前のライブパフォーマンスとこのアルバムとを比較しても、まったくと言っていいほど共通項が見当たりません。より深く精神世界の表現に没頭していたコルトレーンのプレイは悲鳴にも似た悲壮感を秘めていて、それを助長するかのようなファラオ・サンダーズのプレイとの相乗効果によって、聴く者を一種のトランス状態へと誘います。エマニュエル・ラヒムが終始打ち鳴らす乾いた空気感を漂わせるパーカッションが、そうした独自の音の世界に彩りを加えています。
先の「Live in Seatlle」は後期コルトレーンの特徴のひとつである「攻撃性」「暴力性」が前面に押し出されたライブアルバムでしたが、この作品ではむしろ穏やかで精神世界を追求することによってコルトレーン自身が体得した一種の「高み」が表現されているように感じます。ここで演じられた「Naima」や「My Favorite Things」の2曲は初めて演奏された時のニュアンスはことごとく破壊され、まったく新しい曲へと昇華されています。決して万人受けするポピュラーなアルバムとは言えませんし、初期コルトレーンに慣れ親しんだ人にとっては、ここでのパフォーマンスに触れることは一種の苦痛かも知れません。しかし、後のフリージャズシーンを語るうえでは、決して欠くことのできない重要作品であることは間違いありません。
それにしても、コルトレーンの最初の妻に捧げられた「Naima」をアリス・コルトレーンはどんな心境で演奏していたのでしょうか?そんな週刊誌的で下世話な憶測など彼らにとってはまったく無縁なのでしょうね。
・「僕にとってはNAIMA!」
1966年5月28日NYCヴィレッジ・ヴァンガードにてライヴ録音。『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』から5年。疾走と変貌を続けるコルトレーンにとって既に不動と言われたカルテットも残ったのはジミー・ギャリソンのみ。当たり前だが『続編』ではありえない。『ナイーマ』の荘厳さ、『マイ・フェイヴァリット・シングス』の流麗さ・・・・このアルバムを聴くとアトランティック時代のあの曲がジョン・コルトレーンの中で成長し続け、もう一つの異形にしてフリーな大輪の花となったのを感じずにはいられない。僕にとってのこのアルバムの引力は『ナイーマ』だ。コルトレーンが最初の妻ナイーマに捧げたこの曲。1954年に結婚、63年に別居、66年に離婚している。このアルバムでピアノを弾いているアリス・コルトレーンと出会ったのが1960年。この年はコルトレーンが自己のバンドを結成した年でもある。最初の妻に捧げた曲を演奏する今の妻。何とも罪な曲だ。15:09のこの演奏に色々な想いをはせながら毎度のめり込んでしまう(●^o^●)。
・「最高のマイ・フェイヴァリット・シングス」
コルトレーンは多くのマイ・フェイヴァリット・シングスを録音しているが、個人的にはこれが最高の演奏だと思う。イントロダクションのギャリソンのベース・ソロもベースをギターのように弾く、激しいソロからして今まで録音されたあらゆるマイ・フェイヴァリット・シングスとは別の曲と思うぐらいのソロで、コルトレーンもソプラノ・サックスでおなじみのメロディーを奏でるが、アドリブの内容は今までに無いほどスピリッチュアルで他にも、バスクラやフルートも演奏している。またファラオもファラオでしか演奏できないすばらしいテクニックのソロを聴かせてくれ、コルトレーンのバスクラとファラオのテナーがこの世のモノとは思えない会話を聴かせてくれる。ナイーマもコルトレーンの最初のフレーズからスピリッチュアルの一言!フリーのライブとしては最高におすすめの一枚!
・「コルトレーンのジャズ人生の集大成作」
常に妥協に甘んじず、自己の内なる精神を追い求めた求道者のようなジャズマン・コルトレーン。彼にとっては名作と呼ばれる、「ジャイアント・ステップス」や「至上の愛」も単なる通過点にしか過ぎなかった。このライブで聴かれる音こそ、コルトレーンが彼の人生を賭けて追い求めたものだ。ここにあるのは、決して音の垂れ流しなどではなく、気高い精神こそが到達できる音の理想郷だ。ついにコルトレーンは凡世を突き抜け、浄土を成し遂げたのだ。
・「コルトレーン晩期の秀作!」
コルトレーンの初来日時のステージは、「ライブ・イン・ジャパン」として記録されているが、曲目は、今では廃盤となっている「インフィニティ」からの作品が中心だ。加えて演奏されていた「マイ・フェイバリット・シングス」、それ以前からずーと、彼のお気に入りである「ネイマ」のライブ音源を収めたのが、このアルバムだ。実はコルトレーン初来日時、このアルバムは日本では発売されていなかったとか。急激に変貌し続けるコルトレーンの生の演奏に初めて触れた日本の聴衆は、きっと大きなとまどいを感じつつ、彼の鬼気迫るプレイに心を砕かれたことだろう。当時の模様をライブ・イン・ジャパンで追体験すると、その迫力に圧倒されるのだが…10年間は「ノー・コルトレーン」となってしまう。その点、このアルバムは収録曲も2曲のみであり、内容も比較的聞きやすい。
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