Duke Ellington & John Coltrane
Duke Ellington w(アーティスト), John Coltrane(アーティスト)
●John Coltrane & Johnny Hartman
●ジョン・コルトレーン・アンド・ジョニー・ハートマン [12 inch Analog]
・「毎日聴いても飽きない音楽です」
うるさいコルトレーンは、ちょっと・・・という方にお薦めです。何かをしながらより、じっくりゆったり聴くとなおさら良いです。一曲目の”イン・ア・センチメンタルムード”から引き込まれます。突き進んでくるようなエリントンのピアノとブハブハやりすぎないコルトレーンの掛け合いの妙が・・・いいだなぁー。これが。
・「爺さん相手に手抜きなし」
フリージャズへ深く傾倒し、容赦なくアトーナルなテナーを吹き倒すのがインパルス時代のコルトレーンの特徴だ。ただ、その中でも3枚のLP"Ballads","Duke Ellington","Johnny Hartman"がプレスティージ、アトランティック時代の面影を残すフォービートジャズとなっている。巷間言われるマウスピースの不調による、オーセンティックジャズ路線への転向だが、この"Duke Ellington & John Coltrane"が、トレーンが御大エリントンと張り合う最も緊張感溢れる聴き応えのある作品だと思う。参加ミュージシャンは、John Coltrane(ts,ss),Duke Ellington(p),Elvin Jones/Sam Woodyard(ds),Jimmy Garrison/Arron Bell(b)で全7曲はすべてカルテットによる演奏で、曲によりベース、ドラムスが入れ替わる。エリントンが連れてきたドラマーのウッドヤードは7/3曲、ベースマンベルは7/4曲の参加。エルヴィン7/4、ギャリソン7/3とほぼ五分五分の割合となっている。一曲目の"In A Sentimental Mood"だけが、エルヴィンドラムス、ベルベースのミングルで、どこかリズムセクションにぎこちなさが漂う。ただ、そこが魅力的に聞こえるのがジャズがジャズたるところだろう。暖かいトレーンのテナーと寂寥感が漂うエリントンのピアノのコンビネーションに泣かされる。2曲目からもマウスピース不調を感じさせない程にコルトレーンのテナーとソプラノサックスは快調に鳴り響く。やはりエルヴィンとギャリソン参加の3曲は激しい。ピアノのエリントンはこの頃はもういいお爺ちゃんだが、コルトレーントリオに煽られてやりにくそうではあるが、負けずに返す手練手管のコンピングが只者でなくお見事である。エリントンが連れてきた二人をバックした3曲は、爺ちゃんお得意のピアノが映える聴きやすいメロディの曲。自分のソロでは多少の甘さを加えつつも遠慮なく吹き倒すトレーンはやはり何処に行ってもあのトレーンだ。ジャズ史に残る2大?ジャイアントの共演はお互いに敬意を払いつつも、両者が手の内を遺憾なく出し切る味わい深い一枚となった。
・「最初の一音」
青春時代のように、もうガムシャラにはジャズを聴かなくなった今でも、時々引っ張り出してきて聞きたくなる、ほんの数枚のうちの1枚です。さほど評価が良くないようなので、ちょっと悲しくなってレビューに参加です。アルバムの出だし、波のように静謐に規則正しく始まるエリントンのピアノのシンプルなリフレイン。やがてそれに心地よく身をゆだねるようにコルトレーンのサックスがメロディーを紡いでゆく。レコードで聴いていた時は、針を置いてからのしばらくの静寂の後にエリントンの最初の「タラララランラーン」が聴こえてきて、その瞬間のゾクッとする感じがたまらなかったものです。このアルバムではコルトレーンの演奏もあくまで「静」ですが、それは巨匠への遠慮というより、エリントンという広大で深い海に心地よく漂い、ただ無私に美しいメロディーを探っているだけのように、私には感じられ、挑発し刺激しあって高みに昇ってゆくのみが、ジャズの名演ともいえまいと思うのです。シンプルで美しく、そして優しい。それが今でもこの1枚を聴き続けている理由かもしれません。
・「ステキな2人のセッションでした」
5曲目の「マイ・リトル・ブラウン・ブック」が秀逸ですね。大好きな曲です。 コルトレーンの吹くバラードは絶品です。このテイクでは内省的になりすぎず、美しいメロディを素直に奏でており、エリントンのピアノもそっと支えているのがとても好ましいですね。 穏やかなセッションで始まり、徐々にコルトレーンの伸びやかさが音に込められ、次第に落ちつきを取り戻し、この魅力的な演奏が終結します。 いつまでもこの幸せな時間が続けば良いのに、と思わせる演奏でした。
1曲目の「イン・ア・センチメンタル・ムード」がまたいいですね。エリントンのピアノの入りが印象的です。コルトレーンのテナーもどこかエリントンの世界に身を委ねている感じがして、彼に敬意を払っているのが感じられます。 名アルバム『バラード』のコルトレーンがお好きな方には、このアルバムもきっと気に入られることでしょうね。
エリントンとコルトレーンというジャズ界の巨人が出会ったステキなセッションでした。ジャズっていいなあ、と思えるアルバムです。
・「これは、どうでもいい・・・」
たとえて言うなら、「これは2人の巨人が、お互いを気遣いながら義理で作った作品」であるように思える。ファン心理として、作られて良かったな、と思うかも知れないが、JAZZ史にはどうでもいい(仮に作られなくてもよかった)1枚。お金と暇がある人にはどうぞって感じかなぁ。よっぽどのコルトレーンやエリントンのファンでなければ、もっと他に聴くべきJAZZはたくさんある。ましてや、JAZZをこれから聴きたいという人には、僕は絶対にお勧めしない1枚ですね。
・「実は刺激的なアルバム」
コルトレーンのインプロは もう少しでフリーキーになるかならないかという案配。 とてもかっこいいです
・「コルトレーンが歩み寄るカタチ」
1962年9月26日ニュー・ジャージーで録音。当時、ジョン・コルトレーンは36才、デューク・エリントンは63才。ジャズ・ファンなら誰でも知っている逸話だが、このアルバムのレコーディングの時期、ジョン・コルトレーンはマウス・ピースの調子が思わしくなく、いつものようにブロウしまくって疾走するコレクティブ・インプロビゼーションが出来なくなってしまったといわれている。その時やむなくバラードのアルバムを3枚レコーディングすることとした。それが本作と『ジョン・コルトレーンとジョニー・ハートマン』そして『バラード』だ。これがとてつもない名盤を生む。ジャズの歴史の中にはこういう逸話は数々あって、有名どころではキース・ジャレットが最悪の体調と最悪のコンサート・ホールで残した『ケルン・コンサート』、自宅療養中に自宅でレコーディングした『ザ・メロディ・アト・ナイト・ウイズ・ユー』がある。そういうふうに何か不具合である時の方がミュージシャンはいつもにない力を見せてくれるものなのかもしれない。
本作では7曲中、5曲がエリントンのオリジナル、3の『Big Nick』1曲だけがコルトレーンのオリジナルだ。この曲構成が示すように、主体はあくまでもデューク・エリントンにあってコルトレーンが歩み寄っているカタチになっている。しかし、中身は逆様である(●^o^●)。
コルトレーンでは絶対外せない一枚だ。
・「巨匠同士の出会い」
前衛的なコルトレーンには、ついていけない。メロディが欲しい。ピアノとサックスの巨匠同士の出会い、エリントンはなぜか控え目。そして、この作品には優しさが感じられます。私は「BALLADS」、「J.C. AND JOHNNY HARTMAN」と並べて三部作と呼んでいます。特にこの作品は仕事が終わってほっとした、たそがれ時に愛聴したい、そんな感じ。IN A SENTIMENTAL MOODにシビレます。
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