・「助け、助けられる。優しさあふれる映画」
とても温かい映画。観ていて癒されました。手違いで違った町に降り立った警察音楽隊。その日の宿を探すけれども見当たらない。そこにふと小さな食堂が。ディナという女性に出会う。彼女の周りには二人の男性が。一人は女の人の扱いの知らない青年で一人は失業者。そんな奇妙な三人組に助けられ一晩泊めてもらうことに。
警察音楽隊の隊長トゥフィークとディナの会話がとても印象的。お互いの人生を語り合ってわかり合っていく様子はとても愛にあふれてる。トゥフィークは律儀な男でディナは自由人。そんな二人の対比が助け助けられる人間関係を際立たせています。たった一晩の出来事だけど誰かが誰かを助け、助けられる。人間の優しさにあふれた映画だと思いました。
・「思わず身をのりだしたり、ぼろぼろ泣いたりする…そんなのばかりが名画じゃないですよね」
イスラエルに演奏にやってきたエジプトの警察音楽隊の男たちが、タイトルのとおり“迷子”になってしまい、地元レストランの気風のいい美人女将とその従業員宅に泊めてもらうことになったひと晩のなにげない物語。 新聞の映画評で沢木耕太郎が絶賛していたので見てみました。借りてはみたものの、きっとツウ好みのやたら渋い、あるいは独りよがりに難解な映画なのかも…なんて少しだけ心配もしながら見始めたのですが、まったくの杞憂でした。ストーリーは極めて単純で、うんと短く言ってしまえば先に記したような内容以上でも以下でもなく、事件らしい事件も起きず、意表を突くような展開もないのだけど、なんだか妙にいい雰囲気なのですねこれが。一見がさつだけど情に厚い美人女将。彼女の控えめなアタックにちょっとよろめきながらも、亡き妻に対する貞操を守りとおす真面目な隊長。最初はただの軽薄なプレイボーイに見えたけど実はなかなかいいやつだったりする若い隊員。(地元のうぶなあんちゃんに女の子の扱い方を指南するくだりは、上品なコントのような趣でもあり、ほのぼのしたとてもいいシーンでした。)そんな普通の人たちが起こす、おおよそドラマチックではない小さな出来事たちを淡々と描いているだけなのですが、見ていてすごく穏やかな気持ちになりました。政治的な知識など皆無の無知な私が見ても単純にに良いと思える佳作でした。
・「迷子のアラブ系イスラエル人」
あの複雑なパレスチナ戦争の当事者同士である、ユダヤ人とアラブ人が犬猿の中であることは周知の事実。1979年に両国の間に和平条約が結ばれ一時的な休戦状態に入った時代のお話である。しかし、イスラエルに呼ばれたアレキサンドリア警察音楽隊が空港についても出迎える車はなく、そこはかとなく冷たい空気がこのアラブの音楽隊の周りにのっけから漂っているのだ。
目的地とはまったく別の田舎街にさまよいこんでしまう音楽隊。足止めを食った街で一夜限定の民族交流が静かに始まる。民家や食堂に分かれて泊めてもらうことになった隊員は、(イスラム教徒のため)酒が飲めないのにワインをすすめられたりで、うまく雰囲気に馴染めない。作曲中の協奏曲を演奏しても場はどっちらけで、両国民の間にはよそよそしいすきま風が吹いたまま。
唯一、堅物の隊長を夜のデートに誘い出した食堂の女主人との間で、子供の頃普通に見聞きしていたアラブ音楽や映画の話題で盛り上がるシーンがある。実はこんなギスギスした関係になったのは、ヨーロッパ系ユダヤ人がイスラエルに入植しアラブ人に対する差別政策を行うようになってからのことだという。(公式HP参照)それまでは、イスラエルに元々住んでいたユダヤ人とアラブ人の共存はごく普通に成立しており、アラブ文化に接する機会も今よりも格段に多かったらしいのだ。
<エジプトの警察音楽隊を演じているのは、イスラエル全体で約15%を占めるアラブ系イスラエル人と呼ばれる俳優達である。権利も義務もユダヤ人と同じイスラエル人でありながら、イスラエル国内においては二級市民的にアラブの人と呼ばれ、アラブ諸国に行けばその所有するパスポートからイスラエル人と呼ばれ、どこに行っても居場所が得られないと本人達も口にする。>(公式HPより抜粋)そのどこにも行き場所を失った迷子の警察音楽隊(アラブ系イスラエル人)を通じて、人工的差別によって失われ行く異民族間文化交流を嘆いた作品なのかもしれない。
・「最優秀「南方英二」賞!」
堅物の団長トゥフィーク。団長に反抗的な若手団員カレード。困り果てた一行を助ける食堂の美しい女主人ディナ。食堂にたむろする若者たち。登場人物がそれぞれにそこはかとなくいい味を出してます。とくにチャンバラトリオの南方(みなかた)英二を渋くしたような独特のペーソスを醸し出しているトゥフィークと、彼を気に入ってしきりに気を引くディナの人間的魅力が印象的。
生き足のいいディナの女っぷり、そのディナとトゥフィークが過ごす一夜は、この映画のいちばんの見どころでしょうね。何の変哲もないけどキュートなエピソードとそのさりげない切り取り方の積み重ねが、言葉と信仰の違いや国家レベルの複雑な関係を乗り越えて、観てるこっちの親近感をじわじわと上げていく結果、観終わって登場人物たちとサヨナラするのがこんなに寂しくなる映画もめずらしい。
大学時代に流行ったイスラエルの青春映画『グローイング・アップ』シリーズ、『バグダッドカフェ』など1980年代の癒やし系ムービーの数々、荻上直子監督の『かもめ食堂』や『めがね』、笑いのツボと静かな作風が似ている北野武監督作品などが次々と観たくなりました。映画鑑賞欲を芋づる式に喚起する作品ですね。
オマー・シャリフやチェット・ベイカーが台詞に乗り、『Summertime』が重要な役割を果たしています。メガホンを取ったエラン・コリリンは若い監督ですが(34歳)、映画はもちろん音楽に対する愛情は相当に厚いものがありますね。こういった作り手の愛情がにじみ出ている作品は好きです。カンヌ映画祭はこの映画のために「一目惚れ賞」を特別に設けたそう。私なら絶対に最優秀「南方英二」賞だな。
・「一日の出来事」
この映画たった一日の出来事です 騒がしいコメディ映画とはむしろ逆で静かで静かな感動そして笑いをささやかに堪能できる作品です 何もない砂漠の中に迷ってしまった警察音楽隊そこで一日だけ泊めてもらえることとなった なにも無いところでも様々な人々の人生があり笑があり涙があり愛がある 男が少年の恋助けをする所などニコニコしながら見ることが出来ますちょっとした舞台を見たような感覚でなごまされました。
・「ユーモアと感動を大げさではない演出で。」
わたしこの作品が大好きになりました。見る前の想像は、カザフスタンからニューヨークに行ってドタバタ珍道中する「ボラット」のような作品だとばかり思っていました。 イスラエルはかつてアラブ諸国からは承認されていない国家であり、エジプト・イスラエル平和条約締結後もエジプトとイスラエルの関係は絶えず微妙な関係にある仲の良くない国同士。そんなイスラエルに訪れたのはエジプトの警察音楽隊8人。空港に到着しても彼らを出迎える車は来ず、なんとかして空港職員に聞いたバスに乗り込むが到着したのは一文字違いの全く別の地。国も言語も風習も宗教も違う土地で迷子になってしまった8人編成の警察音楽隊の運命は。バスの中での「今度はない」の会話でわかりますが、彼らの音楽隊はいつ解散させられてもおかしくないような立場にあります。それをわかっていて覇気のない不安げな表情を見せる団員を、アレキサンドリア警察音楽は安泰だと励ましながらも自らを納得させる団長。この団長の、生真面目でジョークも言えず音楽隊に誇りを持つ寡黙な態度。これが警察音楽隊の方針と姿勢を良くあらわしていて、作品に重みを与えてくれました。次第に団長に好意を持つ食堂の女主人のディナ、それでも任務に忠実に自らがイスラエルに来た使命を忘れない団長の態度にはむずがゆいけど逞しい何かを感じさせてくれるのです。若い団員のカーレドはとても軽くて、そんなカーレドに厳しく接する団長とは相容れないのですが、最後には団長はカレードのことを息子のように思っているのではないかと感じてきて泣けてしまいました。登場する人たちそれぞれが今何を感じてどんな思いをしているかの感情が伝わってくるし、2回3回見ても見ている側の感情を揺さぶってきます。「演出が大げさでない」のが演出という名作でした。
・「苦い。でも、そこがいい・・・」
たいした娯楽もない砂漠の真ん中の町で、嫌でもみんな人生のホロ苦さを噛みしめて生きていかざるを得ない。そんな中に迷い込んだ、不器用な楽団員たちの一夜だけのささやかなエピソードが綴られます。 ストーリーの最初で想像はつきますが、この楽団はあまりいい扱いをされていないのでしょう。団長のシワの深さが今までの苦労を物語っているようです。後に彼個人の辛い過去も明らかになりますが、民族も言語も宗教も違ってもみんな同じように人生の重荷に耐えて生きているんだとわかり合えた時、傷の舐め合いとは違う自立した人間同士の心の交流が生まれます。
音楽が人の心を変える―と言っても、劇的な物語が生まれるわけではありません。寂しい町の片隅で不器用に生きる素朴な人達の人生がほんの一瞬交錯しただけの、取るにも足らないようなありふれた出来事・・・その中で確かにわかり合えたのは、人生の悲哀を知り尽くした団長と女主人、付け加えるなら最初は何を考えているのかよくわからなかったナンパ男が「なんだ、こいつイイ奴じゃん」と思えた瞬間でしょう。
夜中に物音の真相を覗き見た時の苦笑い、それをおくびにも出さず最後は遠慮がちに手を振りながら去っていく団長、そして、黙って彼についていく男達・・・結局何が変わったわけでもなく、人々はまたいつも通りの日常に戻って、彼らのことも次第に忘れ去られていく運命なのでしょう。 ハッピーエンドと言うのには少し違和感がある、やりきれなさに満ちた日々が同じように続いていく淡々とした物語。それがどこか胸にジンと来るのは、他ならぬ自分自身がそうした思いを抱えている一人であるから―と考えていいのでしょうか。その意味では、観る側にもある程度のハードルを要求している、大人のための作品だと思います。
・「人と人とが接し合えば、それは争いではなく友情が始まる、と、思いたいが。」
確かに、地味だが良い映画なんだろう。エジプトとイスラエル、宗教も言語も慣習も違う、何より第3次中東戦争まで敵対関係にあり、和平後も周辺に多くの政治的問題を抱えている国家間の人々のコミュニケートのもどかしさと戸惑いが、ペーソスにユーモアを混ぜ合わせながら、一夜が明ける内に打ち解けていく様が描かれる。“一夜限り”の、限られた時間がゆったりと漫然に流れ、何事もなく平穏に続くイスラエルの片田舎の風景、市井の人々の暮らしぶりとリンクしていき、幾つかのドラマがスケッチされていく。アラブの伝統音楽を伝承、守り続ける堅物の楽団団長と、器量良しで奔放なユダヤ人の食堂のおかみのエピソードが映画の中軸に据えられていて、終盤の互いのなにげない告白が、瞬時にそれぞれの今まで生きてきた人生を感じさせるのが上手いし、音楽や映画、エンタテインメントの力がコミュニケーションを喚起するのも良い。“人と人とが接し合えば、それは争いではなく友情が始まる”、そんな希望を語りたくもなるが、一方でこれはイスラエル映画。他のレビュアー諸氏も触れているように、楽団員たちを演じた俳優たちは「イスラエル・アラブ人」として、実際ユダヤ国家イスラエル内でマージナル化されている存在、シオニズムの名の下で今も差別を受けているイスラエル内の彼ら同胞に今作はどう受け止められているのか?野暮を承知で言うなら、占領下のアラブ人に対しての寛容さと自らの優位性、世界に向けてのプロパガンダと、つい脳裏をよぎってしまう。
・「心あたたまる、愛すべき佳作♪」
あくまでも私見ですが、国籍・国境を越えて、さらには言語を越えて、人間同志の心の交流を描いた、良質な作品だと思います。とても純粋で誠実な作品です。加えて「音楽の力」が勝っている作品とも言えます。もちろん、全ての登場人物にもそれなりの個性・味わいがあり、かつ、さりげないユーモアのセンスが感じられたため、一票を投じます。私は、映像と音楽は、国籍を越えて、世界に伝わる言語だと信じています。個人的には、ただこの作品の欠点としては、「アク」や「毒」がなく、作家の「個性」が感じられないことであり、ちょっと優等生的かなぁ・・・です。具体的に言うと、全体的には良い出来なのですが、生涯忘れられない台詞や映像が無いことです。その点だけが惜しまれますが、すさんだ現代社会に生きる人々には愛される作品だと評価します。
・「チェット・ベイカーの歌を聴いて、オマー・シャリフの映画が観たくなる」
大使館に電話して助けを請えば簡単に解決したのに.....。堅物な団長に率いられた不器用な男達が誤って行き着いた町で出会った人々は、美しく奔放な、姉御肌だけど人恋しさが滲み出ている食堂の女主人や、失業中で夫婦喧嘩が絶えない若夫婦の一家など、どこか寂しい人達。気まずい雰囲気、噛みあわない会話の中、人々の心を次第に解きほぐしていくのは国を越えて親しまれてきた音楽の数々や、人間共通の普遍的な感情なのです。経験の無い地元の青年に音楽隊の若手イケメン君が恋の手ほどきをするパントマイムのような場面には、誰もが温かい気持ちになれるはず。観る人には少々説明不足、物足りない位がこの種の映画の良いところとも言えるでしょう。しみじみとして、時折クスッと笑ってしまう作品です。馴染みの無いイスラエル映画。民族間の対立などの深刻な事情を前面に押し出した社会派作品ではありませんが、エジプト人を演じているのは人口の約15%を占めるアラブ系イスラエル人である事、彼等が自国でもアラブ諸国でも決して恵まれた境遇にいるとは言えない事などを知りました。中東が抱える『お国事情』にも目を向ける良いきっかけになった作品でもあります。
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